漢方の歴史
時と知恵が育んだ漢方の歴史

国では前漢から後漢時代に「黄帝内経」「神農本草経」「傷寒雑病論」の三大古典が生まれました。 宋時代になると印刷技術の普及により、国定処方集「太平恵民和剤局方」が出版され、広く民間に伝わりました。 しかしこの結果、伝統医学が安易に用いられるという弊害が生まれ、それ以降独創的医術の発展が妨げられて しまったのです。

金元時代には、再び劉完素・張子和・李東垣、朱丹渓の金元四大家の医学革新が起こりました。
清時代の末期には西洋医学が流入してきたものの、中華人民共和国に入ると、伝統医学の復興の気運が高まり、今日の中医学へと発展してきたのです。

日本で古くは遣唐使、遣隋使の時代に中国医学が伝来しました。
平安時代に丹波康頼により記された「医心方」が、我が国最古の医書だと言われています。室町時代には、田代三喜が明より帰朝し、金元医学の普及に勤めました。
江戸初期、名古屋玄医は理論より経験を重んじた「傷寒論」を主に用い、それは後藤艮山や吉益東洞により発展しました。
江戸末期は、オランダ医学が、明治にはドイツ医学が台頭し伝統医学は衰退していきます。
しかし、昭和に入り、風土と経験により培われてきた伝統医学が見直され、医療現場でも用いられています。

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